« 高効率大量生産の問題点 | トップページ | 公務員俸給は年収800万円を超えた分はカットすべきである »

2011年11月21日 (月)

ダーウィンの進化論は間違っている

人は造られた存在である

「我々は一体どこからきたのだろうか」 
この素朴な疑問は長いあいだ我々人類の大きな関心の的であった。

しかしここ数十年間の分子生物学の成果は実に興味ある事実を次々に明らかにしてきた。

しかしながら新しい事実が解明されるごとに別の新たな疑問が生じてその疑問の輪はかえって大きくなってくるように思われている。

我々は長い間「ダーウィンの進化論は生物の進化の歴史を明白に説明した最も適切な理論である」と一般に思われ学校で教えられ無条件でそれを真実として受け入れてきた。

しかしながら最近の分子生物学の研究成果を知れば知るほど生物が自然に進化しついには人にまで進化してしまったと考えるにはあまりにも大きな矛盾点が含まれていることが明らかになってきた。

その矛盾点を考察してみたいと思います。

L-アミノ酸型生物とD-アミノ酸型生物の生命力について。

酒石酸ナトリウムアンモニウム塩はその結晶構造の関係から左右対称の二つの結晶構造をもっていることが知られている。

その化学的性質は同じでありながら光学的性質は右旋性すなわちD型と左旋性L型に分かれる。

しかも自然の状態においてはD型とL型は半々に分かれる。

興味深いことに地球上の生物を構成しているヌクレオチドの糖は全てD型である。

すなわち地球型生命はLアミノ酸型生命体である。

L型アミノ酸はD型リボースと燐酸と塩基からなっている。

化学的手法によりリボースを合成すると特別な手段をとらない限りD型リボースとL型リボースは半々に生じる。

しかるに、この地球上の生物は全てL型アミノ酸で構成されている。

この問題は極めて重要な意味を含んでいる。

(1) L-アミノ酸型生物がD-アミノ酸型生物より先に進化しD型アミノ酸を栄養として摂取できる能力を先に身につけることができたとするなら、なぜL型アミノ酸がその競争に勝つことができたのかその理由を見つけなければならない。
 
(2) L-アミノ酸型生物とD-アミノ酸型生物が原始生命として同程度に進化し、両者間に弱肉強食の関係が存在しL-アミノ酸型生命体が強かったと仮定しても、L-アミノ酸型生命体にD-アミノ酸型生命体を追跡できる能力が無ければD-アミノ酸型生命体を絶滅させるのは不可能と考えられる。

また、この広大な地球上において一地点で原始生命が発生したとしても風や水その他の自然の力で拡散することを考えるなら、その追跡能力は極度に優れていないとD-アミノ酸型生命体を絶滅させるのは不可能である。

また、その様に極度に追跡能力の優れた原始生命が存在することは通常の単細胞生物の機能面から考察しても無理がある。
 
(3) 「この地球上に高密度にD-アミノ酸型生命体とL-アミノ酸型生命体が増加したためD-アミノ酸型生命体は絶滅した」とする説も考えられる。

しかし、これに対する反論として、「この地球の全ての地点において高密度に生命が存在することは論理的に無理がある」といえる。

L-アミノ酸型生物とD-アミノ酸型生物の共存の可能性。

結晶構造の関係で地球上の全生物はL型アミノ酸で蛋白質を構成している。

ある惑星において、自然の力で発生し進化した蛋白質型生命体の場合その蛋白質は本来L型アミノ酸とD型アミノ酸の割合は半々になるはずであり全てがL-アミノ酸型生命体になることは考え難い。

L型アミノ酸とD型アミノ酸を合成し比較して、その活性度、安定度及びその他の特性が光学的対象性を除いて同じと判明したとき、全てがL-アミノ酸型生命体になることは不可能であることがよりいっそう明確になる。

仮に、この地球上にL-アミノ酸型生命体とD-アミノ酸型生命体が共存していたらどうなるであろうか。

草食動物は草を食べ、肉食動物は他の動物を食べるという食物連鎖を構成している。

L-アミノ酸型生命体の草食動物は効率的に栄養を摂取するためには同じL-アミノ酸型生命体の植物を食べなければならない。

L-アミノ酸型肉食動物は栄養として同じL-アミノ酸型生命体を食べなければならない。

したがってL-アミノ酸型生命体とD-アミノ酸型生命体が共存する世界では順調な生態系は著しく阻害され繁栄は困難なものになる。

したがって我々の科学が発達し科学的手段により蛋白質型生命体を創造するときは、L-アミノ酸型生命体かD-アミノ酸型生命体のどちらかに統一したほうがより効率的な生態系を創造できる。

ヌクレオチドについて

DNAを構成するヌクレオチドは、糖、燐酸、塩基により構成されている。

塩基には(A)アデニン、(T)チミン、(G)グァニン、(C)シトシンの四種類があり、この四種類の塩基のどれが糖に結合するかによって、四種類のヌクレオチドがある。

RNAはチミンがウラシルに置換している。

ヌクレオチド自体はDNAを構成するとき、DNAの製造工場ともいうべきリボソームが無ければ、それ自身隣にくるヌクレオチドの種類を決定する能力は持たない。

すなわち各ヌクレオチドはそれぞれ互いにランダムにしか結合する能力を持っておらず子孫を残す能力を持ったDNAとなるには多くの困難が伴う。

DNA1万個のヌクレオチドで構成されている子孫を残す能力を持った細菌はその生命体のDNA鎖は4¹ººººという膨大な組み合わせの1つとみることができる。

その生命体のDNAはRNAによって選択的にヌクレオチド鎖が作られる。

生物が選択的にヌクレオチド鎖をつくるためにはリボソームが必要である。

所謂「鶏が先か卵が先か」という論法が示すごとくこの問題にも重大な問題が含まれている。

しかし、このRNAは親の持っている遺伝情報を受け継いだものであり新たな機能が加わったり別の生命形態になったりすることは通常あり得ない。

このRNAにヌクレオチド配列を変更させ得る外部からの衝撃が加わったとしても、新たな機能の追加等は通常は望みえない。

哺乳類の染色体のDNA鎖1本だけ見てもそのヌクレオチドの数は百万個近くもある。

そのヌクレオチド配列の組み合わせは4の百万乗という膨大な組み合わせのうちの1つである。

このように天文学的組み合わせに至る進化の過程の中では奇形を生ずることなく都合の良い遺伝情報のみを増加させ続けることはヌクレオチド自身に隣接するヌクレオチドを選択する能力がないことから考えて不可能と思われる。

ここで正四面体のサイコロを想定してみよう。

このサイコロに(A)アデニン、(T)チミン、(G)グァニン、(C)シトシンと書いて百万回投げてみたらどうなるであろうか。

サイコロに特別な仕掛けでもこうじない限り当然のことながら賽の目はランダムに出る。

アミノ酸型生命体の存続はヌクレオチドに隣接するヌクレオチドを決定する能力がないことから考えてRNA、DNA等のシステムによる繁殖以外には生命の存続はあり得ない。

突然変異に方向性は存在しない

生物の自然進化を考察するに、突然変異による以外に生物が自然に進化する可能性は全く見出せない。

しかし、突然変異はその変異方向はランダムであることを考えると各個体はそれぞれ著しく姿、形、特性が異なっている筈である。

にも関わらず、各生物種はその種類ごとにかなり整然と分別できるものが圧倒的に多く、現在までに調査された化石はその多くが奇形ではなく均衡のとれたものである。

この疑問に対する答えとして「突然変異の変化分が微小なため奇形として目立たない」という考えがある。

しかし、それは間違いであることを理解するために染色体の数が異なる生物種間について考えてみよう。

染色体の数が異なるほどの突然変異は微小な突然変異ではあり得ずむしろ極端に大きな突然変異であると見ることができる。

したがって染色体の数が異なる別の種類に奇形体を生ずることなく進化することは不可能である。

また、これに対する反論として、『染色体の数が変化するほどの大きな突然変異が起こり奇形体が発生しても自然淘汰により急速に均衡のとれたものへ修正されたために奇形体の数が少なく発見されないだけである』という意見も考えられる。

これに対する反論として

(1) 一般の有性類生物の染色体の数が変わるほどの大きな突然変異を起こした生物個体が自分の子を残すためには、現在の地球上の生命形態からみると配偶者がいなけれはならず、その配偶者も同一の時空間に存在しなければならない。
 
(2) 生命形態が変わるほどの大きな突然変異を起こした生物個体はそれ自身のDNAやRNAに大きな遺伝情報の変更を受けており子孫を残す能力が消滅しなかったとしても子に遺伝することを考えると、自然淘汰により急速に奇形体を残すことなく均衡のとれたものに修正されることは不可能と考えられる。
 
(3) 突然変異を生じても、自然淘汰によって子孫に有害な遺伝情報はくい止めることができる。

しかしながら突然変異はその方向性がランダムであることからあらゆる形に変化する可能性を持っており、その変異方向が生命を存続し得る形で残れば様々な形状をもった生命体に変化し得る。

例えば、三つ目の人間は三つの目があること自体は生命の存続に重大な影響を与えないし、耳の長い人間がいてもそれ自体が生命の存続に重大な影響を与えるものとは考え難い。

1つの種類の生命体が多くの種類に分かれてゆく手段として突然変異は大きな可能性を持っている。

しかし、突然変異のもたらす方向性はランダムであることから考えると子孫に有効な機能を新たに与えたり、あるいは幾何学的で美しい形状に自然に進化することは大量の突然変異体を生ずること無しにはあり得ない。

突然変異と自然淘汰の相互作用により進化したとするなら、この地球上で発掘される化石はその殆どが奇形体の筈なのに現実はその殆どが均衡のとれた形状あるいは幾何学的で美しい形状をしている。

したがって、この地球上の生物が突然変異と自然淘汰によって進化してきたものでないことは明白である。

進化の条件

『ある種の生物から別の種の生物に自然に進化する』という生物進化論を考察するに、その変異方向がランダムであることを考えるとこの地球上の生物はダーウィンの進化論で説明するのは不可能である。

ある惑星においてアミノ酸を基盤とする生命体が存在する場合、その惑星で生命体が自然発生的に生じたものであるとするならその化石の多くが奇形体のはずである。

また、そのような惑星は生物に突然変異を起こさせるほどに強いエックス線、あるいはその他の放射線などの衝撃力があり、突然変異と自然淘汰を繰り返し過去の進化の歴史の中で多くの奇形体を生じてきたに違いない。

しかしながら、間断のない突然変異は子孫にとって都合の良い遺伝子も好ましい遺伝子も破壊し生命を絶滅に導くことになる。

子孫にとって都合の良い遺伝子を残していくためには、その生命体が一定数以上になってから次の突然変異が起こらなければ生命の存続はあり得ない。

言い換えるなら「突然変異にはある一定以上の長さの周期が伴わなければ突然変異と自然淘汰のバランスは崩れ生命の進化にとって都合の良い遺伝子も雲散霧消する」。

生物に間断なく、その遺伝情報を変化させるほどの衝撃が加わった場合、その変異方向はランダムであるために突然変異の繰り返しの中で稀に生物にとって都合の良い遺伝子αが生じてもその生命体存続の確率は代を重ねるごとに低くなり最終的に遺伝子αは消滅する。

例えば、水の入ったコップの中に赤いインクを一滴垂らしたとしよう。

その赤い一滴のインクは次第に拡散してゆきコップの水全体に広がって元の赤いインクの濃さには戻れない。

さてそこで、この赤い一滴のインクを子孫を残す能力を与えられた遺伝子αとして考えてみよう。

遺伝衝撃を受けると子孫に遺伝子αを残す能力が失われる確立は高くなる。

しかし、遺伝衝撃を受けても遺伝子αの数が十分に増えていれば子孫が残される確立は高くなる。

 即ち「突然変異について、ある一定以上の長さの遺伝衝撃の加わらない周期が伴えば、突然変異と自然淘汰のバランスがとれ生命の進化にとって都合の良い遺伝子が残る確立は高くなる」。

このことを理解するために簡単なモデルを考えてみよう。

条件

1. 子孫を残す能力のある単細胞生物に遺伝情報を変更させ得るほどのエックス線あるいは他の放射線などの遺伝衝撃が加わり、8分の1が子孫を残す能力を維持できるものとする。

 
2. その生物が次の世代を誕生させるのに必要な周期を1Tとする。

Tは任意の時間とする。
 

3. 遺伝衝撃は5T間隔とする。
 

4. 5Tごとの遺伝衝撃以外はA-B間、B-C間は遺伝衝撃が加わらないものとする。
 

5. それぞれの世代は2倍の子孫を残すことができるものとする。

A:初期設定の段階     B:5T後        C:10T後
(8個 →1個)      (16個 →2個)       (32個 →4個)
      1→2→4→8→16  2→4→8→16→32
  ↑遺伝衝撃        ↑(遺伝衝撃の周期5T)  ↑

結論

遺伝衝撃が加わる直前の8個は5T後に16個になり10T後に32個になる。

遺伝衝撃の周期が4T未満の場合は、この生物の進化はあり得ない。

哺乳類のように複雑な遺伝情報を持つ生物が突然変異と自然淘汰を繰り返して進化していくためには厖大な遺伝衝撃の周期が必要となる。

そして、突然変異と自然淘汰の後に厖大な数の突然変異体の足跡を残すことになる。

だがこの地球上の化石の中には突然変異体の足跡は見受けられない。

この地球上の生物が突然変異と自然淘汰の結果存在するものでないことは明白である。

では我々は何故存在するのであろうか。

テレビもラジオも自動車も作られたればこそ存在する。

ましてテレビ、ラジオ、自動車などより遥かに高度な人間という存在が自然に発生したと考えるほうに無理がある。

自動車や電器製品は使用目的によって様々な形をしている。

作られるメーカーによっても様々な形をしている。

機能の違いによっても様々な形をしている。

時代によっても様々な形をしている。

宇宙人がこの地球に公然と姿を現す時は、我々地球人と同じ姿の宇宙人もいれば著しく容姿が我々とは異なる宇宙人もいることであろう。

遥か彼方から時空を超越する科学力を駆使して地球にやって来る宇宙の人々はどんな姿をしているのであろうか。

楽しみである。

ここで注目しなければならない事がある。

それは「絶え間ない遺伝子への衝撃は自然淘汰と突然変異のバランスを崩し、遺伝子を破壊し続けてゆく」ことである。

もし、核戦争が起き大量の核兵器が爆発した場合、その放射能汚染はあらゆる生命の遺伝子を破壊し続け、奇形と生きることの苦しみを経由して確実に生命を絶滅に導くことになる。

放射能の半減期の長さを考慮すれば、自然淘汰により正常遺伝子に戻ることは望み得べくもない。

我々人類は核兵器の存在の事実をもう一度見直し自分たちの子孫に何を残そうとしているのか真剣にその意味を考えなければならない。

この地球にいる我々人類の存在の意義は地球と生命を破壊することではなく守り育ててゆくことにある。

核兵器はいつまでも存在し続けている。

核兵器は永久に使われることなく存在し続けてゆくことができるのであろうか。

優しい人間も、冷静沈着な人間も、時には攻撃的になる人間の性向を考えると、それは甚だ疑問である。

『相手の国が核兵器を持っているから自分たちも持つ、相手が優れた防空システムを持っているからこちらも持つ、相手が攻撃するからこちらも攻撃する』そんな国防意識が世界を席巻している。

戦争が起きても「私の所為ではない」、誰もがそう思っている。

「核兵器を廃絶するために私一人が活動しても大した働きはできない」 多くの人はそう考えている。

しかし、核兵器は本当に使われることなく永久に存在し続けることができるのであろうか。

核兵器の管理は常に不安定な状況にある。

核廃絶のエネルギーは「一人」の参加によって、より大きなエネルギーになる。

神の存在を信じている貴方も神の存在を信じていない貴方も子孫が奇形や生きる苦しみの揚句の果てに滅亡することは望まない筈だ。

核戦争が起これば、運良く生き残る貴方もあなたの子や孫も死ぬまで続く塗炭の苦しみを味わう事になる。

http://ja.rael.org/download.php?view.32

http://www.oneness-net.jp/et-message/index.htm

https://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI

日本ラエリアンムーブメント 

連絡先 0479-75-8030

コピーフリー リンクフリー 流用フリー

Darwin's theory of evolution is wrong

|

« 高効率大量生産の問題点 | トップページ | 公務員俸給は年収800万円を超えた分はカットすべきである »

学問・資格」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/570276/53299231

この記事へのトラックバック一覧です: ダーウィンの進化論は間違っている:

« 高効率大量生産の問題点 | トップページ | 公務員俸給は年収800万円を超えた分はカットすべきである »